Practice-Based Research(PBR:診療に基づく研究)は診療上の疑問に答え、研究によって得られた知見を診療現場へ橋渡しすることを目的とする研究モデルです。PBRの研究実施場所は、開業医・診療所を主体としています。すなわち、PBRは、動物実験等の実験室での研究を経て大学病院での臨床試験にて効果が確認された治療法等が、実際の診療現場において有効性があるかどうかを検証するものです。PBRは臨床家が日常診療で直面する疑問に基づいて研究テーマを立案し、臨床疫学研究者と協力して実施されます。リアルワールドの診療現場で研究が行われるため、その結果はすぐに臨床家にフィードバックされ、日々の臨床にいかされます。PBRの促進により、エビデンス―診療ギャップの改善および既にエビデンスの確立された治療・ケアの普及が可能となり、その結果、治療の標準化が進み、医療の質の向上につながるといわれています。
Practice-Based Research Network (PBRN:診療に基づく研究ネットワーク)は、PBRを効率的に進めていくためのネットワークのことであり、米国を中心として発展しています。PBRNの目的は、臨床家と研究機関の研究者をリンクさせ、日常診療に直接インパクトを与える研究を実施し、医療の質を改善することです。米国では、政府の機関であるAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality:米国医療研究品質局)が主体となって1999年頃より、プライマリケア医を中心とするPBRNを全米に構築しています。PBRNにより、プライマリケア診療を改善させるための臨床家の経験と洞察に基づくリサーチクエスチョンを引き出すことが可能となりました。これらの切実なリサーチクエスチョンと厳格な臨床疫学研究手法とがあいまって、臨床家にとって切実で、すぐに日常診療に取り込める知見を生み出しています。
歯科領域におけるPBRNはDental Practice-Based Research Network (Dental PBRN)と呼ばれ、米国ではAHRQとは別にNIH(米国国立衛生研究所)が2005年に75億円の研究資金を投入して、7年間かけて3つのDental PBRNへの研究助成をすすめました。その後NIHは、第2サイクル(2012~2019年)において、その中の1つのネットワーク(アラバマ大学DPBRN)に約70億円の資金を投入して全米規模のNational Dental PBRNの構築を行いました。PBRNの規模としては、予算規模、参加する臨床家の数ともに世界最大です(現在登録者約8000人)。2024年現在、第3サイクル(2019~2026年)に入り、継続して歯科開業医の疑問を解決するための大規模な多施設共同研究が行われています。National Dental PBRNは、2005年から通算で220編以上の学術論文を発信しています。研究テーマは50以上あり、いずれも歯科診療に切実な診療上の疑問に基づくものばかりです。
我々Dental PBRN Japan (JDPBRN)は、2010年の発足以来、米国National Dental PBRNと以下に示す国際共同研究を行っています。
これまでに米国National Dental PBRNの研究により、歯科医師や診療所の違いにより、う蝕の診断、治療、予防処置、および口腔衛生指導などの診療のパターンにばらつきがあることが報告されています。我が国においては、国際比較をした先行研究はほとんど見られませんでした。そこで我々は、米国National Dental PBRNが使用した調査票の日本語版を用いて、我が国におけるう蝕の診断、治療、予防処置などの診療パターンのばらつきを明らかにすることを目的として国際共同研究を行いました。研究成果は、以下の学術論文にて公表し、JDPBRN会員向けにもフィードバックを行いました。
[研究成果(学術論文)]
顎関節症は、痛みや開口障害を伴うことからQOLに大きく影響することも特徴的であり、国民の健康維持・向上のためにも、その標準治療法の確立が重要であると考えます。しかしながら、研究開始時点において顎関節症の標準治療法は確立されておらず、マウスガード、鎮痛剤の投薬、セルフケアの指導、咬合調整、開口訓練等が各々の診療現場において各歯科医師の判断の基に実施されている状態でした。米国National Dental PBRNによる先行研究において、顎関節症の診療に関して歯科医師ごとにばらつきがあることが示されましたが、我が国における診療パターンについては明らかにされていませんでした。そこで本研究では、顎関節症に関する診療パターンについての国際比較を行いました。研究成果は、以下の学術論文にて公表し、JDPBRN会員向けにもフィードバックを行いました。
[研究成果(学術論文)]
Evidence-Based Dentistryを実践するためには、エビデンスレベルの最上位に位置する診療ガイドラインを活用して歯科診療を行うことが重要です。日本でも多くの診療ガイドラインが作成されていますが、それがどのくらい実際の歯科診療現場で活用されているかは明らかにされていませんでした。そこで本研究では、1)日本の歯科領域のガイドラインがどのくらい活用されているか、2)ガイドラインの活用と関連する要因について明らかにすることを目的として研究を行いました。研究成果は、以下の学術論文にて公表し、JDPBRN会員向けにもフィードバックを行いました。
[研究成果(学術論文)]
JDPBRNでは、第1回Selection of Research Question (SRQ)において会員の皆様から、「歯科診療で解決すべき疑問」を集めました。選考を行った結果、JDPBRN国内研究テーマを「患者が必要とするPractice-Based Researchとは」に決定しました。第3回学術大会においてワークショップを開催し、その内容に基づいて質問票の原案を作成し、JDPBRN国内オリジナル研究として取り組みました。日本国内の歯科医院における通院患者を対象として質問紙調査を実施しました。研究成果は、以下の学術論文にて公表し、JDPBRN会員向けにもフィードバックを行いました。また、研究成果をリーフレットにまとめ、調査参加歯科医院において患者向けに配布し、フィードバックを実施しました。
[研究成果(学術論文)]
本研究は、「Evidence-Practice Gap に関する国際比較研究および教育介入研究:日本学術振興会 基盤研究(C)(2016年-2020年)」によって実施された国際共同研究です。歯科診療における様々なEvidence-Practice Gap(EPG)を評価し、その結果を日米間で国際比較することで、歯科診療の改善に役立てようとする取り組みです。1回目の調査では、米国のNational Dental PBRN の質問票「Impact of Dental Practice-Based Research Networks on Patient Care」に基づき、EPGを評価しました。2回目の調査では、参加者が最新のエビデンスをアップデートすることで診療を改善できるように教育的介入を行い、その教育効果を評価しました。研究成果は、以下の学術論文にて公表し、JDPBRN会員向けにもフィードバックを行いました。
[研究成果(学術論文)]
本研究は、「エビデンス-診療ギャップの発生機序解明および改善方策立案のための国際比較研究:日本学術振興会 基盤研究(C)(2020年-2025年)」によって実施されている国際共同研究です。ブラジルとの初の国際共同研究であり、ブラジルでのデータ収集は、サンパウロ州立大学(Unesp)歯学部教授のElaine Pereira da Silva Tagliaferro博士が行っています。米国のNational Dental PBRNが開発したPractice Impact Questionnaireと、JDPBRNが独自に開発した質問項目を用いて、日本語版とポルトガル語版の質問票を作成しました。1回目の調査では、日本とブラジルの歯科医師を対象としてEPGの国際比較を行いました。2回目の調査は、1回目の調査結果をフィードバックし、さらに両国のEPGの原因と改善方策について明らかにするために実施しました。2024年現在、データ解析および論文化を進めています。
[研究成果(学術論文)]